時雨の日記

時雨という哀しき男のブログ

諸行無常

 うちの父方の祖父の記憶はあまりないが断片的に覚えている。俺が小学生の頃よくお迎えしてくれたそうだ。笑顔は覚えている。晩年もよく食べ快活な祖父だった。昔は大学の教授も勤めていたそうで小難しい文をよく書いていたそうだ。しかし俺が生まれたときはすでに少しボケが入っていてたまによくわからなかった。しかし理由は忘れたが俺と喧嘩をしたとき、祖父はスリッパを、俺は箒を持ち出して泣きながら闘ったのは覚えている。あの年で本当に元気な祖父だった。

 ある日俺が小学校から帰宅すると家に冷たい空気が張り詰めていた。小学生ながらただならぬ雰囲気を感じ仏間を開けると祖父は家族に囲まれ静かに横たわっていた。俺は一瞬理解できなかった。母が静かに「おじいちゃんがね、死んじゃったの。」と呟いた。俺は初めて直面する人の死に理解できない自分とどうしようもないやるせなさを覚えた。つい昨日まで元気に飯を食べていた祖父が動かなくなるなんて信じられなかった。祖父は仏間の真ん中で静かに息を引き取っていたところを母が発見したそうだ。呆然と祖父の近くに座り込み、祖父の事を思い出していたら、自然と涙がこぼれていた。お迎えしてくれたり喧嘩もしたり文句も言ってたりしたが、祖父は俺の祖父で良い祖父だった。通夜は淡々と行われ、初めての礼服やらなれないことばかりであっという間に過ぎていった。葬式がおわり、夜に従兄弟と父に連れられ仄暗い式場の中棺桶に横たわる祖父のもとに行った。祖父は綺麗な顔で息をせず、ただ横たわっていた。俺は祖父の額に触れた。その冷たさは俺が祖父が亡くなったと理解するには十分すぎるくらい、鋭かった。しかし、あくまでも祖父の朗らかな顔に、俺はある種の安堵感を覚えた。祖父は大往生だった。晩年も好きなことをし、好きなものを食べ、よく散歩をし、健康そのものだった。「いままでありがとう。」祖父に改めて別れを告げることができた。

 火葬場に運ばれていく祖父。待ち時間、俺は無心だった。今更これ以上考えることもなかったのだ。静寂の中、親族たちはただ祖父が焼かれるのを待っていた。大往生だった故か暗く冷たい空気ではなく僅かなせつなさと暖かさがたちこめた空気だったと思う。祖父が火葬を終え、戻ってきたとき、すっかり姿を変えていた。よく食べていたからか、しっかりした白骨だった。従兄弟と親父が淡々と骨を拾い上げ、骨壷に入れていく。それは一つ一つ、さよならを告げるように厳かだった。従兄弟も親父も涙を流したりせず、あくまでも淡々と行っていた。俺はその変わり果てた祖父の姿に、無常を感じた。永遠に形あるものはない。人は死ぬ。みんな土に還る。その土はやがて人が踏みしめる道となり草木を育てていく。そうやって繰り返されていく。諸行無常、しかし確かに次に繋がっていく。俺は、祖父に感謝した。今までと、そしてこれからの糧になってくれることを。祖父は俺という次を残し、静かに役割を終えたのだった。

 一通りを終え、帰宅した我が家は、静かにくつろいだ。小さな一匹の羽虫がリビングを悠々と飛んでいた。母は言った。「おじいちゃんが心配して見に来てくれたのかもね。」俺はきっとそうだと、思った。

 亡くなった祖父。生まれてきた俺。突然死した偉大な人。自殺したアーティスト。姥捨て。道端で春を売る少女。クズヤニ。アルコール。しかし、生まれてくる命。

 

繰り返される諸行無常

蘇る性的衝動。

 

輪廻転生。

 

ありがとうございました。